院内から出ることができないので窓から見える景色から感じる以外ないけれど
景色がすっかり春って感じがします。
病室の窓からは山が見えるんだけれど、早朝やお昼前の山際の様子が
春めいた感じで、心が和みます。
病室の暖房もほとんど必要なくなっているので、気温も上がっているのがわかるし。
入院したころはまだ寒さもあったのに、暖かくて過ごしやすい季節になったんだなぁ。
この1ヶ月半で体重が12キロ以上落ちて、今では標準体重
入院した時には冬服だったから、どっちにしても退院の時には着れないけれど
サイズそのものが合わなくなったので、全部買い替え
ICUから一般病棟へ移った。
個室で、体が動くようになるまで妻が泊り込みで付き添ってくれることになった。
移動してさっそく体重測定をすることになったが、ICUの時とは異なる挫折感を味わうことになる。
立てない。 自分の意思ではまったく体が動かない。 立つことすらできず
二人がかりで支えてもらって体を起こすことができたが、立っていられるのはほんの一瞬。
改めて自分の体を眺めてやせ細っていることに気がつく。
心臓も寝たきりになれてしまっていて、少し体を起こしているだけでもふらふらしてしまう。
トイレ付の個室だが、トイレまで行くことすらできず簡易トイレを持ち込んでもらって
ベッド脇で用を足すことになった。
ICUを出た際に導尿管を抜いたが、これが結構痛い。
尿を出すたびに強烈な痛みが走って、数日この痛みに耐えながら過ごすことになる。
ICUを出ても、体のつらさは残っていて肉体的なダメージと精神的なダメージの回復に相当時間がかかるような気がした。
首のカテーテルにつながれた点滴は4本。
24時間絶えることなく、ポンプで一定量が送り込まれる。
今になって思うに、ICUを出ることができたというだけでこの時点ではまだまだ
重症患者であったと思う。
自分ひとりでは立てない、用を足せない、起き上がることすらできない、寝返りをうつのも一苦労...
なんでもないことが何一つできない自分に苛立ち、悔しい思いを何度したことか。
2007年4月8日日曜日
病院もIT化

この病院はIT化が進んでいると思う。
入院患者は全員タグをつけていて(上の写真)バーコード、氏名、生年月日、血液型が表示されている。
点滴や検査のときにはかならずリーダでバーコードを読み込み、薬剤に印刷されたバーコードとの照合をとっている。
入院している身にはすごく安心なシステム。
このタグさえつけておけば、院内のどこかで気分が悪くなって倒れたって、大丈夫。照合システムがあるので意識がなくても大丈夫というもの。
当然カルテは電子カルテ。 薬の副作用で皮膚科にかかった際も共有化された電子カルテで皮膚科の先生が投与されている薬、わたしの状況などを詳細に把握できて的確な診察ができるしくみ。
入院に限らず、外来も電子化が進んでいて診察カードを受付リーダに挿入して来院の目的を選択すると、レシピが印刷されて目的の診療科へカードとともに持参、あとは電子カルテでという具合。
先生も看護師さんもパソコンできないとついていけない。
ここでいうパソコンできるってのは、Excel、Wordというレベルじゃなくて的確かつ迅速な文字入力ができること、必要な情報を取り出すための操作ができることというレベルなので街のパソコンスクールでパソコン習いましたというのでは無理。 リテラシーができているかどうかが問われる。
できない人? さぁ。。。ここでは採用されないんじゃないの?
ICUで迎えた6日目
意思もはっきりとして、痛みなども自分の意思で伝えることができるようになっていた。
体内にアンモニアが蓄積しないように、強力な下剤を一日3回飲まされるのだが、これが結構辛い。
自分の意思に無関係に出てしまう。
もちろん体は動かせないのでオムツの中にということになる。
その都度、ナースコールで後始末をお願いすることになる。
40を過ぎた自分にとってなんとも惨めで情けない姿。 毎回涙が止まらなかった。
人口透析をはずした状態でしばらく様子見をしていたのだが、状態が安定しているので
週末にはICUを出ようという話が主治医から出た。
あと2~3日で、ここから出ることができる。
3月7日、ICU7日目の朝、主治医から個室の用意ができたから今日出ましょうと話があった。
いきなりで驚いたが、とにかくうれしい。
病院から妻に連絡をしてもらって、午後から病棟へ移ることになった。
ICUを出る前に簡単な質問があった。
「今日は何日かわかる?」
答えられない、自分の感覚では3月5日か4日ぐらいだと答えると
「ICU症候群だね」と言われる。
続いて、繰り上がりのある足し算と繰り下がりのある引き算を質問される。
これは問題なく即答。
ほどなく、妻が到着して、合わせるように病棟からの迎えが来る。
ベッドを移して移動。
ICUを出る。 いくつも扉を通過して病院の廊下にでた。
照明がやさしい、壁もやさしい、空気がやさしい。
生還したと初めて実感した。
2007年4月7日土曜日
外はいいお天気
入院している8階の窓からはのどかな風景が見えます。
今日は晴天、春のお天気ですね。
この病院は周辺に高い建造物がなく、最上階8階からの見晴らしは闘病中の心を癒してくれるときもあります。
もっとも、最初のころは外の風景を見るのもいやでしたけれどね。
今日はこれといったイベント(治療や検査)もなく、あとでシャワーでも浴びる予定です。
おっと、毎日の点滴は忘れちゃいけませんがね。
ICUで意識を失ってから、自分自身で意識が戻ったと記憶しているのは3月4日の夕方。
今思い出してもはっきりとしたものではないけれど、眠りから覚めるような感覚のあと、涙いっぱいの妻の顔が目に映った。 いろいろな話をしたと思うけれど断片的にしか思い出せない。
意識を失って人工呼吸器が取り付けられたらしい。 家族が呼ばれ非常に危険な状態であること。
最悪の場合も想定せざるを得ないことなども医師から話があったらしい。
最悪のケースに至らないまでも意識が戻らないこともありうるとも。。。
妻の手記を見せてもらったが、4月2日には意識が戻っていたようで、弟や妻とも話をしたらしい。
肝性脳症で私はまったく覚えていないし、話の内容もかみ合っていない部分が多かったようだ。
自分自身ではまったく覚えていないが、起き上がろうとしてベッドに拘束されたりもしたようだ。
(拘束に関しては事前に説明を受けた上、同意書にサインしている)
肝性脳症=肝機能不全で血中に大量のアンモニアが蓄積され脳に運ばれることで起きる脳障害。
症状によって5段階に分類されていて、私の場合は昏睡度4
具体的には昏睡状態、痛みには反応して、払いのけようとしたり顔をしかめたりする状態。
かろうじて戻ってこれそうなところといった状態。
明確に自分の記憶として残っているのはやはり3月5日からだと思う。
4日の時点では肝性脳症の影響が残っていた可能性はある。
後に主治医に聞いたところ、ICUに入る前にすでに脳症の症状が出ていたということなので、
今、考えても一刻の猶予もなかったということになる。
今日は晴天、春のお天気ですね。
この病院は周辺に高い建造物がなく、最上階8階からの見晴らしは闘病中の心を癒してくれるときもあります。
もっとも、最初のころは外の風景を見るのもいやでしたけれどね。
今日はこれといったイベント(治療や検査)もなく、あとでシャワーでも浴びる予定です。
おっと、毎日の点滴は忘れちゃいけませんがね。
ICUで意識を失ってから、自分自身で意識が戻ったと記憶しているのは3月4日の夕方。
今思い出してもはっきりとしたものではないけれど、眠りから覚めるような感覚のあと、涙いっぱいの妻の顔が目に映った。 いろいろな話をしたと思うけれど断片的にしか思い出せない。
意識を失って人工呼吸器が取り付けられたらしい。 家族が呼ばれ非常に危険な状態であること。
最悪の場合も想定せざるを得ないことなども医師から話があったらしい。
最悪のケースに至らないまでも意識が戻らないこともありうるとも。。。
妻の手記を見せてもらったが、4月2日には意識が戻っていたようで、弟や妻とも話をしたらしい。
肝性脳症で私はまったく覚えていないし、話の内容もかみ合っていない部分が多かったようだ。
自分自身ではまったく覚えていないが、起き上がろうとしてベッドに拘束されたりもしたようだ。
(拘束に関しては事前に説明を受けた上、同意書にサインしている)
肝性脳症=肝機能不全で血中に大量のアンモニアが蓄積され脳に運ばれることで起きる脳障害。
症状によって5段階に分類されていて、私の場合は昏睡度4
具体的には昏睡状態、痛みには反応して、払いのけようとしたり顔をしかめたりする状態。
かろうじて戻ってこれそうなところといった状態。
明確に自分の記憶として残っているのはやはり3月5日からだと思う。
4日の時点では肝性脳症の影響が残っていた可能性はある。
後に主治医に聞いたところ、ICUに入る前にすでに脳症の症状が出ていたということなので、
今、考えても一刻の猶予もなかったということになる。
2007年4月6日金曜日
肝臓病食

入院しているこの病院の食事は病人向けにしては豪華だと思う。
昨日は花見御膳なる名称のおかずと助六寿司にお吸い物、あられの小袋付
携帯で撮ったけれど、携帯ですら支えられないぐらいに筋力が落ちてる。 おかげで手ぶれがひどくてピンが合ってない。
結局きれいな写真にならなかったけれど雰囲気だけでもと。
お豆腐とナスの味噌田楽、巾着煮、きゅうりとにんじんのおひたし、いちご、花見団子、栗きんとん野菜サラダ。
こんなにいろいろ食べていいの?ってぐらいはいってる。
昨日だけじゃなくて、普通にお刺身がでたり、ラーメンだったり。
基本的には脂肪と塩分の制限があるようで、味は薄めで肉類はお目にかかったことがない。
長期間絶食だったから、薄味は体によくなじんで苦にならない。
冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいままでてくるのがここの特徴。
煮物やお汁、ご飯は温かいしデザートやお刺身、サラダは冷たい。
入院の身にはありがたい配慮。
さて、ICUに入ったまではよかったがベッド脇には手術衣の先生といろいろな器具類
動揺の上乗せ状態になってしまって、なかなかベッドにあがれない。
なんとかベッドにあがると即時処置が始まった。
局所麻酔で大腿部と首にカテーテルが挿入される。
痛かったなぁ。
血液中のアンモニアや肝臓が分解できなくなった不純物を人工透析できれいにして返すと同時に
血小板が異常に減少しているので血小板輸血、etc
拒絶反応が起きたのか、肝不全によるものなのかはわからないけれど
体中に蕁麻疹状のものがでてきて、ひどい寒さにみまわれた。
ついていた妻に寒いと伝えると、看護師さんの血圧50という叫び声が聞こえた
モニタのせわしない警告音と酸素マスクが顔に近づくのを最後に意識がなくなった。
2月28日半日たらずの出来事。
2007年4月5日木曜日
風邪ひてます
入院生活37日目
ここ数日風邪で苦しんでます。
病院ってとこは、あらゆる病原菌が集会開いているようなもんだから
発熱・頭痛・鼻づまり
発熱はおさまりつつあって、なんとかなりそうですね。
さて、この病院へ搬送されるいきさつを振り返っていこうかと
(つらい気持ちもありつつ)
2月26日(月)朝から調子が悪く吐き気がしていたんだけれど
とうとう仕事場で嘔吐
夜になってものすごい悪寒を感じながら帰宅 体温39.7度
27日かかりつけの病院へ行って点滴とインフルエンザの薬をもらう
一向に熱が下がる気配がなく、夜中になると1時間おきに嘔吐
28日再びかかりつけ医をたずねると、一見して異常に気がつかれた様子
尿検査と血液検査が行われとんでもない状況が判明。
GOT4600 GPT6800
すぐに大きな病院へ搬送になった。
28日午前中に救急外来へ運び込まれ、採血。
時間ごとに悪い結果しか出てこない様子
腹部エコーとCTをとって、先生とお話
「劇症肝炎」です。
肝機能が健康な人の20%以下、つまり肝不全(肝臓が機能していない状態)ですと
状況は非常に悪く、時間稼ぎをしているヒマはない。
すぐにICUへ入ってくれと言われる。
ここまで、半日足らず
自分にとって人生初めて迎える最大の危機とは思ってもみなかった。
(---つづく)
さて病室の窓からは雲ひとつない青空
外はいいお天気です。
私は院内フリーまで許可もらっていますが、外出はまだまだ。
窓越しに外の風景を見ながら退院のころにはもっと陽気がいいんだろうな
なんて考えて過ごす一日
ここ数日風邪で苦しんでます。
病院ってとこは、あらゆる病原菌が集会開いているようなもんだから
発熱・頭痛・鼻づまり
発熱はおさまりつつあって、なんとかなりそうですね。
さて、この病院へ搬送されるいきさつを振り返っていこうかと
(つらい気持ちもありつつ)
2月26日(月)朝から調子が悪く吐き気がしていたんだけれど
とうとう仕事場で嘔吐
夜になってものすごい悪寒を感じながら帰宅 体温39.7度
27日かかりつけの病院へ行って点滴とインフルエンザの薬をもらう
一向に熱が下がる気配がなく、夜中になると1時間おきに嘔吐
28日再びかかりつけ医をたずねると、一見して異常に気がつかれた様子
尿検査と血液検査が行われとんでもない状況が判明。
GOT4600 GPT6800
すぐに大きな病院へ搬送になった。
28日午前中に救急外来へ運び込まれ、採血。
時間ごとに悪い結果しか出てこない様子
腹部エコーとCTをとって、先生とお話
「劇症肝炎」です。
肝機能が健康な人の20%以下、つまり肝不全(肝臓が機能していない状態)ですと
状況は非常に悪く、時間稼ぎをしているヒマはない。
すぐにICUへ入ってくれと言われる。
ここまで、半日足らず
自分にとって人生初めて迎える最大の危機とは思ってもみなかった。
(---つづく)
さて病室の窓からは雲ひとつない青空
外はいいお天気です。
私は院内フリーまで許可もらっていますが、外出はまだまだ。
窓越しに外の風景を見ながら退院のころにはもっと陽気がいいんだろうな
なんて考えて過ごす一日
2007年4月4日水曜日
闘病中だけど
何気にgoogleでブログを見つけて作ってみました。
さて、劇症肝炎ってなんぞや?という方もいらしゃるかもしれないので
簡単に説明を
肝炎のひどいやつ・・・
的確な表現じゃないです。 ゴメンナサイ
劇症肝炎とは急速に肝不全症状に陥る肝炎で、意識障害(肝性脳症)を伴う病気です。
肝不全つまり肝臓が機能しなくなる病気で、ついでにアンモニアが分解できずに
脳に達して意識障害(わけのわからんことを言い出したり、昏睡状態になること)を伴います。
国の難病にも指定されています。
で、自分はどうだったのかといいますと
肝機能が健康な人の20%しか機能していない状態でした。
一刻の猶予もない状況で治療が始まったわけですが、
そのあたりは追々書きます。
とにかく、無事肝不全の状態を脱して
こうしてブログを書いています。
今は病室です。
この病院では個室の場合、インターネットへの接続が可能になっています。
(もちろん主治医の許可が必要)
劇症肝炎は恐ろしい病気ですが、的確な診断と治療で救われる可能性が十分あります。
全例救命を実現し、劇症肝炎撲滅に向けて研究を始めている大学病院もあります。
救われたこの命を大切にしようと思っています。
とにもかくにも、現在闘い中です。
さて、劇症肝炎ってなんぞや?という方もいらしゃるかもしれないので
簡単に説明を
肝炎のひどいやつ・・・
的確な表現じゃないです。 ゴメンナサイ
劇症肝炎とは急速に肝不全症状に陥る肝炎で、意識障害(肝性脳症)を伴う病気です。
肝不全つまり肝臓が機能しなくなる病気で、ついでにアンモニアが分解できずに
脳に達して意識障害(わけのわからんことを言い出したり、昏睡状態になること)を伴います。
国の難病にも指定されています。
で、自分はどうだったのかといいますと
肝機能が健康な人の20%しか機能していない状態でした。
一刻の猶予もない状況で治療が始まったわけですが、
そのあたりは追々書きます。
とにかく、無事肝不全の状態を脱して
こうしてブログを書いています。
今は病室です。
この病院では個室の場合、インターネットへの接続が可能になっています。
(もちろん主治医の許可が必要)
劇症肝炎は恐ろしい病気ですが、的確な診断と治療で救われる可能性が十分あります。
全例救命を実現し、劇症肝炎撲滅に向けて研究を始めている大学病院もあります。
救われたこの命を大切にしようと思っています。
とにもかくにも、現在闘い中です。
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